第八夜 Short Trip @Dubrovnik [Croatia]
バス停前の段を降り、迷いなく門扉を開け、民家に分け入っていくおばあちゃんに続いた。
「あ、そうそう、そこの右側がスーパー、左の方にはパン屋があるわ」
降りたバス停の方向を見上げるように振り返り、指差しながら説明してくれる。
おばあちゃんはクロアチア語にカタコトの英語を混ぜて話しかけてくるのだが、不思議とわかりやすかった。
言いたいことを言い終えると民家の間の階段をどんどん降り進んでいく。
港に近いこの辺りは海から切り上がった段丘になっており、家々が上下に重ねるように軒を並べている。
見失わないようにこちらも慌てて階段を降りた。
先ほど入口の門扉の柱に『SOBE』のステッカーが貼ってあることは見逃さなかった。
どうやらキチンと許可を得た「民泊」のようだ。
「ここがあなたの部屋よ」
階段を降り切るとこじんまりした家庭菜園らしき畑があり、
その脇に建てられた家のさらにその奥に別棟が建っていた。
別棟の前には薄暗い作業場が広く取られていて、奥にシャワーとトイレが別々に設けられている。
その続きに離れのような部屋が2つあり、明かりをつけると中にはツインのベッドが置かれていた。
「手前の部屋は客がいるから奥の離れを使いなさい。
シャワーはこっち、このスイッチでお湯が出るけど、使ったらかならず切ってちょうだいね」
スイッチを入れ、明るくして説明、終わると順にすべてのスイッチをオフにする、という動きを繰り返した。
節電がマストなのだろう、どこの国も電気代は安くはないのだ。
部屋はこじんまりしていたが、キチンと整頓されていて、スツールやテーブルなどが置かれている。
ヨーロッパのどこかの街の古いホテルのツインの部屋の作りと相違がなかった。(写真4)
「エアコンはありますか?」
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「この土地は夜は涼しいから母屋にもエアコンはつけてないの、扇風機だけ」
古い民家だからエアコンはしかたがないか、
となるとWi-Fiなんてものを望むのは無理があるだろうな、
宿代の高い有名観光地で頃合いのいいシングル・ルームを確保できたのだからよしとするところか、
などとアレヤコレヤ妥協点を見出そうと、考えが頭の中を駆け巡っていた。
ふと見渡すと、「パスワード」と記された紙がテーブルの上に置かれている。
「パスワードって、ここWi-Fiあるんですか?」
「使いたいなら繋がるわよ、そういうお客さんが多いから息子が工事して取り付けたのよ」
「エアコン」はナシだが、「Wi-Fi」はアリだという。
部屋に長く居るつもりはなかったので、マイナスよりもプラス加点が大きいぞ、これは。
「シャワー・トイレ別」なのは気にならないし、「熱いお湯」が出るのであればそれ以上に文句はない。
通りに上がったところには「スーパー」があり、並びに「食堂」がある点も実は大いにプラス加点だ。
それにこれからまたバス・ターイナルに戻って、
他の客引きをあたったり、宿探しにうろつくのは大きなマイナス査定に違いない。
「で、200クーナと言ってましたが、2泊したら300クーナにしてくれませんか?」
「いいわよ、2泊でも1週間でもうちは歓迎よ、長くいてくれたらうれしいわ。
先月いた日本人のコは1週間滞在していったわ。あなたは300クーナでOKよ」
「いや、一週間はいないですけど、2泊はします。じゃあ300クーナで」
背負っていた荷物を置き、宿代を支払おうとすると、
扇風機のスイッチを入れ、テーブルにタオルと石鹸、それと殺虫剤を置き、扉を閉めて出て行ってしまった。
「あのお、お金、払いますよ~」
「いつでもいいから!! アナタは一週間いてもいいんだからね!!」
なにやら他に用事があるらしく、大きな声で返事をしながら母屋に消えていった。
このところドミトリーが続いていたので、1泊150クーナ≒3,000円でのシングル・ルーム滞在は悪くない。
バゲージの中身をブチまけてあらためて荷造りできるし、
シャワーついでの洗濯ものも3日間干しっぱなしにできるのもちょっと気楽だった。
その後も顔を合わせるたびにこの「一週間」というフレーズは呪文のように繰り返されることになった。
おばあちゃんのこの呪文は「気を遣わず、くつろいで居て」という意味合いに都合よく受け取ることとした。
時計を見ると路線バスを降りてから、40分ほどが経過していた。
カメラと望遠レンズの入ったカメラバッグだけを持ち、慌てて停留所に戻る。
というのもこの街のバスは1時間以内なら乗り継ぎ無料、ということなので、
先ほど乗車時にもらったトランスファー・チケットを使えば、そのまま旧市街に出向くことができるのだ。
240円程度の小さな節約だけどね。
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旧市街に着くと、19時を過ぎていたが、まだ日は高く、充分写真が撮れる明るさが続いていた。
アドリア海の真珠『Dubrovnik』は北西から南東に細長い街で、
宿は北西の端、バス・ターミナルやフェリー・ターミナルがある『Gruz(グルージュ港』に近く、
城壁に囲まれた『Stari Grad(旧市街)』は南東のはじっこと真反対に位置することになる。
宿代が少しばかり安かったのも旧市街からは距離があるエリアの『SOBE』だったからかもしれないが、
旅行者としては重い荷物を持って歩かずにすむので、バス・ターミナルに近い宿は大いに歓迎なのだ。
ただしメインの観光スポットには大いに歩くけどね。
11時の方角から17時の方角へ、ちょうど対角線を描くように路線バスで南下してきた形だ。(写真5)
バス停の名前もわからなかったが、城壁が見えるあたりでワラワラと降りていく観光客に続き、事なきを得た。
人の流れに沿って下ると、レストランや土産屋がニギヤカに軒を連ねていた。
そこからさらに城壁内に歩みを進めると急に人影が濃くなり、
城壁を越えると同時に人ごみに飛び込む形となったこちらは
すっかり都会に出てきた田舎者のような気分にさせられた。
地名の入った土産物が並び、Tシャツが風になびき、たくさんの絵葉書が店先で回っている。
子供が旗を振って駆け回り、ご年配は段差に腰を下ろし小休止、家族連れはジェラート片手に歩いている。
其処彼処でカップルは写真を撮り、色づいた空には飛行機雲がたなびいていて、
城壁内はさながらテーマパークのようだった。
これだけニギヤカでバラエティに富んでいるなら、
城壁内で夕食を済ませてから帰ってもいいかな、なんて考えが浮かんできたが、
華々しい観光地のレストランでの一人飯は自殺行為に等しく、
きっとご飯を食べる前に寂し死にしてしまうに違いない。
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思いつきの考えを振り切りながら、それでもなにかめぼしいものはないかなと物色しながら、
路地からさらに狭い路地に迷い込んでみる。
夕食にはまだ早いこの時間、夕方のミサが終わったのだろうか、
あちらこちらの教会が大勢の人たちを吐き出していた。
旧市街の教会を見て回るのはいいアイデアかもしれない、寂し死にしないように祈りを捧げることとしよう。
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