第六夜 Beachside Talking @Zader [Croatia]
夕方になろうかという時刻にも関わらず、気温は落ちない。
ホステルの目の前にあるビーチにでも行くかとタオルと着替えを取りにベッドに向かうと、
上のベッドの住人に話しかけられた。
「やあ、海に行くの?」
「うん、まだ日差しがきついからね。海辺で休憩しようかと思って。アナタはベッドで休憩?」
「読書中、この時間はまだ日差しがきついから出かける気にならなくて。日本の人?」
「そうだよ。そう、熱いからビーチにでも行こうかと思い直したところで。アナタは?」
「ルクセンブルグ人。へえ、日本人で英語を話す人はめずらしいね」
「そう? ルクセンブルグに負けない小さいサイズのシンガポールで仕事していたことがあるから、
英語はそこでね。やっぱりバカンスでここへ? 長い滞在なの?」
さきほど送り出したベルギー人たちのイメージが重なり、そう尋ねていた。
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「今回は4日間だけだから『バカンス』というには短すぎるかな。そちらは?」
「生憎、日本には『バカンス』という制度はないからね。
フリーランスという立場だから30日かけてバルカン半島を回るんだ」
「旅は好き? 僕はSEの仕事をしているんだけど休みを見つけるとどこかに行くことにしているんだ。
周りは『何しに行くの?』とか『疲れるだけだ』とかいうけど、
僕は少しでも休みがあると旅に出て、リセットすることにしてるんだ。
旅先で特にナニをするわけじゃないけど、じっとしていると破裂しそうでね」
旅は学生だけの特権ではなく、こうして30才、SEという独身男性がフラリと旅に出ている例もある。
「わかるよ、アタマもココロもね。ずっとデスクに、ずっとPCに向かっているとオカシくなりそうで。
旅は目的がないと・・・、みたいにいう人は多いけどそうじゃないよね。
うん、そのリセットする感じ、同じ感覚だなあ。
じゃあ、ザダールでリラックスしてまた仕事に戻るわけだ?」
「そう。キミもそういう感じ?」
「う~ん、コチラは仕事半分+旅半分かな。ガイドブックや雑誌の記事を書くライターの仕事をしているんで、
アチコチ行って、ネタ拾って写真撮ってという感じ。
まあ、旅している間は収入もないけどね、時折、長い旅に出ないと感覚がね」
「収入も大事だけど、自分自身を取り戻すのも大事だよ」
ベッドの上と下で不思議な交流を重ねているとドヤドヤと大勢がチェックインし、
ドミトリーのベッドが埋まっていった。
8人組はブラジル人、ポーランドに留学していて、夏休みの旅行でここに足を延ばしたらしい。
その隣りのベッドにはヘルメットに革ジャン姿の男が長距離ライドで疲れたのか、
着くなりベッドに倒れ込んでいた。
「え! アナタ日本人なの? ワオ!クールね! 『ナルトゥ』『ドゥラゴンボール』、ワオ~」
「ははは、マンガはクールだけど、おれはクールじゃないよ」
「いやあ、アナタもクールよ~」
学生特有のものか、ブラジル人の血のせいかわからなかったが、やけにテンションが高い。
今やヨーロッパでは書店に『マンガコーナー』があるほどポピュラーで若者に浸透しているカルチャー、
もはや『ナカタ』や『ホンダ』より『ゴクウ』や『ツバサ』のほうが有名で人気も高い。
住宅街の南端にあるホステルの路地を出ると、その先は小さな岬のように海に突き出ている。
左手前がヨット・ハーバーになっていて、奥に進むと砂浜が広がり、子供たちが波打ち際で嬌声を上げていた。
右手はアドリア海に面していて厳しい岩場が続いている。
水に入る気はなかったので、タオル片手にブラブラと歩き、アドリア海に傾いていく陽光を浴びていた。
暗くなってからキッチンで夕食を調理した。
当然、昨夜と同じメニューとなったが、明日の移動を踏まえ、食材を使い切ると大盛りサイズが出来上がった。
食後にコーヒーを淹れる。
切れていたコーヒー豆を補充してくれたようで「勝手に飲んでね」というウレシイ言葉をもらっていた。
「いい香りしているね」
キッチンにセルビア人ダンナが顔を出す。
「コーヒー、勝手に飲んでいるよ。飲む?」
「コーヒー、ニガテなんだ。あ、新しいお客さんの彼女、飲むかな?」
彼に促され、入ってきたのはアジア系の女のコだったが、キレイな英語で彼と話していた。
「ニホンジンデスカ?」
こちらを見た彼女の第一声は日本語だった。
「ハングクッ・サラン?(韓国人?)」
咄嗟に韓国語で聞き返していた、彼女の「日本」の発音が韓国人のソレだったのだ。
「え~、ナニ~??」
お互いゲラゲラ笑い合う、それはそうだ日本語の韓国人と韓国語の日本人、それにここはクロアチアだ。
カップに注いだコーヒーを渡し、英語で話しを続けた。
大学4年生の彼女は2か月ある夏休みを利用してのヨーロッパ旅行、
ここザダールでは今朝まで友達と城壁内のアパートメントを借り、短期滞在していたらしい。
その友達が昨日発ち、自分は深夜2時の列車でブダペストを目指すのだが、
出発までビーチでのんびりするつもりで、このホステルにデイユースできないかと飛び込んできたらしい。
「あいにくベッドはないけど、出発まで荷物置いてゆっくりして」と
セルビア人ダンナに親切にしてもらった、とのこと。
う~ん、こういうところが居心地いいんだよな、この宿。
こちらが『毎月ソウル』を重ねていること、彼女は大学の授業で日本語を習ったこと、
新村(シンチョン)の大学でまだ就職も決まってないけど旅に出てしまったことなどフランクに話しを重ねた。
英語がキレイな理由はどうやらアメリカに留学経験があるようだ。
「ねえ、『東海』なの? 『日本海』なの?」
それぞれ韓国語と日本語に言い直された奇妙な質問が飛んできた、
ふと見るとキッチンのドアに背の高い男が立っている。
先ほど到着するなりベッドに倒れ込んだ革ジャン・ライダーだ。
「ダニエル、ハンガリー人デス」
質問の答えを待つまでもなく、握手の手を差し出してきたので、その手を握りながらこちらから詰問してみた。
「なんでハンガーリ人がそんなややこしいこと知っているのさ?」
「あはは、ヘンな質問をしてゴメンネ。
日本人と韓国人が同じテーブルにいたからジョークに思いついたんだ。
いや、東洋文学の専攻でね、北京大学にしばらく留学していたんだ。だから韓国と日本にも興味があって」
「若い世代はあまりこだわってないと思う。『独島』の問題はちょっとむずかしいけど」
おもむろに韓国代表が答える。
「で、日本代表の回答は?」
「『独島』にしろ『日本海』にしろ『尖閣列島』にしろ『北方領土』にしろ、一般の人は考えてもないね、
学校で触れるわけでもないので、領土問題もその背景とか歴史時代を知らない人がほとんどだよ。
韓国ほど熱心でもないし、日本ではそれほど政治とは距離があるからね」
「ごめん、ホントふざけて質問したんだ、笑えないジョークだった」
「ヘンなハンガリー人だな~」
「ねえ、コーヒーじゃなくて、ちょっと飲まないかい?
すぐそこ、出たところに海辺にテラスBARがあるらしいから、場所を変えてそこでビールでも飲まないか。
もっといろいろ話もしたいし、お詫びにビールぐらいはオゴるよ」
ザダール、ホステルの夜はまだ更けない。
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海外の人は日本人みたいに躊躇などなく
ズバッと質問してくるので、最初は驚きますが、面白いですよね。
ヨーロッパの方は移動が楽なお陰か、
短期のバカンスも気軽に楽しめるのがいいですね。
delfinさんの文章は、旅先の生き生きとした空気が味わえて
とっても楽しみにしています。
by はらぼー (2015-08-26 05:51)
>はらぼーさん
日本の方は特に「世間話」がニガテな印象があります。
「話題」というか、「会話」というか、
親しくならないと離せない感じがありますね。
ヨーロッパは「国境」といっても県境みたいなものですからね~
うらやましい限りです。
by delfin (2015-08-26 22:46)