第五夜 Aim the Adriatic @Zader [Croatia]
―DAY5― 8月9日
7:50、シリアルとコーヒーで軽めの朝食を摂り、チェックアウトした。
宿を出た大通り沿いにこじんまりとしたスーパーというか雑貨店のようなものがあり、重宝していたが、
今朝は土曜ということもあり、もう使えないだろうな、と思っていた。
ところがなんとすでに開いている、土曜の朝から営業しているとはなんとも精力的、こちらには魅力的。
バス・ターミナルは小さすぎ期待ができないので、ここで水や軽食をここで買っていくことにした、
8:10のバスなので時間にはゆとりあり、なにせこのあとの5時間半のバス旅に備えないとね。
店内に入るとガラス・ケースの向うに白い割烹着のオバサンがいて、客にパンを包んでいた。
「このクリーム、って書いてあるやつ、そう、その一個だけ残ったやつ下さい」
「これね。わああああ、あらら」
オバサンがデニッシュをトングで掴んだ瞬間、どういうわけかデニッシュはすっ飛び、
舞ってガラス・ケースに当たった。
その瞬間、お互い顔を見合わせ、その次には吹き出し、笑っていた。
「デニッシュ、生きてたね」
英語は通じてないが笑顔は通じている。
オバサンはもうしわけなさそうにラスト一個のデニッシュを掴み直す。
身振りで「ほかのにチェンジしようか」といってくれているようが、
下に落ちたわけでもないので気にせず、舞い飛んだデニッシュを指差した。
「OK、OKデス。そのままクダサイな」
「ゴメンナサイネ~」
おそらくスロヴェニア語でそういっているのであろう、
こちらの英語とはかみ合ってなかったが互いに互いを理解できていた。
首都、となると行き交う人も多く、擦れて無愛想、素っ気ない人が多くなるのだが、
スロヴェニアの人たちは明るく快活で朗らかで、居心地もよかった。
ザグレブはホームレスも多く、小銭をねだられることもあったがここではそんなこともない。
あちらの首都では小雨交じりの曇り空が続いたので割増しでそう思わせたのかもしれないが。
お隣イタリアの血が流れているせいなのか、そういうお国柄なのか、あるいは国民性か、
首都とはいえ、この街が小さいからそうさせているのかもしれない。
スロヴェニアの首都リュブリャーナの滞在は短かったが悪い気に当たることがなく、
最後も割烹着のオバサンの笑顔で送り出される形になった。
旅してわかってきたことは大都市には見るモノも多いが、流れ着く人も多く、必然、治安は不安定に。
小さな町は土着の人が多く、目が行き届くので、歩いていても安心感がある。
鍋料理は複雑で魅力的な味を醸し出すが、反面、ナニが入っているかわからない、
一品料理は美しくもあるが単調な味が続く、といったところか。
最後も公園前から『ビツィケリュ』の自転車を借り出し、バス・ターミナルへ向かった。
歩いても10分ほどの距離だったが、基本料金以外かからないなら借りない手はない、荷物も重いからね。
5分足らずで到着し、バス・ターミナル前にあるキオスク・スタンドに自転車を戻し、
一昨日降ろされたなにもない駐車場のような場所に荷物を置いて、バスを待った。
ところがチケットにある「8:10」を過ぎてもバスは来ないし、別の場所に停まっている気配もない。
「ザダル行きのバスはここでいいのかな?」
こちらが不安になりかけた頃、それよりも割増しで不安げな表情の男性が尋ねてきた。
「うん、いいと思うよ。おれも待ってるんだ。プラット・ホーム番号はあっているし、他の客もいるし」
「だよね、待つしかないのかな」
「ザダル」という言い方をしていたことと雰囲気からするとドイツ系だろうか、
こちらと同じように一人旅らしい。
彼だけじゃなく、他にも地面に荷物を置いたまま、不安そうにバスが来る方向を眺めたり、
うろついたりしている乗客がいる。
こういう場合、不安げな表情の客がたくさんいるということは安心していいサインだ、
目的のバス自体が来ていないのだから、乗り遅れていないことは確定、
そうなると腰を据えて待っていればいい、イラつくのは他の人たちに任せて。
8:15、ようやくバスがやって来た。
オイオイ出発時間過ぎてるぜ、とツッコみながら、ラゲージを下のトランクに放り込む。
5分後に無事バスは出発したのだが、この遅れの原因は後で謎解きがされることになるわけで。
バルカン・エリアもヨーロッパ同様、長距離バスは快適だ。
ツアーでヨーロッパを訪れる客を乗せる観光バスと同じサイズ、
2+2の座席が10~12列ほどあり、後部ドアがあり、そこにはトイレがついているものもある。
ツアー利用だとトレイを使わせてくれるが、長距離バスの場合、使えないことがほとんど。
なにせトイレ掃除はドライバーの役目なので、それを嫌ってクローズしているのだ。
「トイレ休憩で済ませるように」というのが長距離バスの暗黙のルール。
海外専門ツアー・コンダクターをしていた頃、
どこの国のバス・ドライバーも「日本人を乗せるのは好きだ、というか日本人客はベストの客だ」と
口を揃えたかのように言っていた。
こちらが日本人ツアー・ガイド(=英語。「ツアー・コンダクター」は日本語英語)だから
社交辞令が多くを占めているかもしれないが、
「日本人のツアー客は降りるとき、ゴミを持って降りてくれるし、
車内でお菓子やフルーツを食べても汚さない。
中には飲み物をこぼした床を拭いている人がいて、本当に驚かされた」
事実、ツアーのお客さんはいわなくても自分のゴミはホテルやトイレ休憩場所に持っていって捨ててくれる。
身の回りは小ざっぱりとしておきたいステキな日本人の国民性だろう。
ツアー・バスの場合、「バスは自分のもの」というドライバーが多い、
言うなれば日本のトラック運転手みたいな感じ。
1台1千万円ほどするバスの車内清掃は自分の仕事であり、バスのメインテナンスも当然、自分の持ち出し。
なので、上記のお世辞にもつながるわけですね、汚されて喜ぶドライバーはいない。
「食い散らかして、床はゴミだらけ。一日中、ず~~とうるさいし、アヒルを運んでいるみたいだぜ」と
その頃、増えはじめた中国人ツアー・グループには文句をタラタラ。
「二度と乗せたくない」とどのドライバーも口を揃えたように言ってましたからね、
中国人観光客が増殖している昨今、どうなっているのやら。
峠を走り、10:00にトイレ・ストップ、標識には『METLIKA』と書いてあった、
地名だとしたらロックバンドみたいな名だ。
(後で調べたらザグレブ方面へ迂回する高速をショートカットした模様)
トイレ休憩の後、すぐに国境があり、パスポート・チェック、ただし今回は車内で座ったまま。
いかつい係員が乗り込んできて、前から順にパスポートをチェック、顔写真と見比べて、ハイ、オシマイ。
車内はひとりが2席使えるような状態、横になっている人もいれば、スマホでゲームする人もいる。
こちらはあぐらで読書タイム、バスでの長距離移動の時間はそれほどキライじゃない。
海岸沿い狭い道をを走っていると「Zadar 80km」の表示が見えた。
あと一時間ぐらいか、と思った途端、クルマの流れが止まった。
8月上旬、海辺、週末、リゾート地、バカンス・シーズン・・・ 即ち「渋滞」ですね。
週末にアドリア海沿岸のリゾート・エリアにある各々の町を目指すクルマで混雑しているのだ。
海沿いは日本と同じようにカーブが多い対面通行の道が続き、
伊豆半島の外郭を巡るような国道と変わりがない。
やむなく文庫本に目を落とし、ノロノロ運転に身を委ねた。
結局、ザダールのバス・ターミナルには14時過ぎに到着した、6時間かかった計算か。
ふたたび現地通貨「クーナ」が必要となるので、ターミナルの両替所でレートだけチェック、
城壁に囲まれた旧市街とは反対方向の東端にあるホステルを目指して歩いた。
南下してきたことと海沿いということもあり、かなり気温が高い。
バスの中で快適なエアコンに浸っていた身がすぐに汗を吹き出しはじめた。
途中、古びた大型スーパーでクールダウンしながら、水を購入。
気を取り直して住宅エリアを歩くと15分で宿を見つけることができた。
リュブリャーナからザダールへ
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